東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)149号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決が、本願発明の特許請求の範囲1にいう「弾力のある」という構成の技術的な意味を誤認した結果、本願第一発明と引用例の網状物とを対比するに当たり、両者の構成及び作用効果上の差異を看過し、ひいて、本願第一発明は、引用例に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものというべきである。
1 成立に争いのない甲第二号証の一・二(本願発明の願書並びに本願明細書及び添附の図面)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、その冒頭に、「本発明は弾力のある帯状マツト並びにその製法に関する。本発明は、熔融紡糸された合成重合体からなる、直径〇・一~一・五mmの実質的に未延伸の多数のフイラメントがループ状で存在しかつ交叉していて、交叉点で互いに接着されていることを特徴とする、弾力のある帯状マツトを提供するものである。」(第一頁第八行ないし第一五行)と本願発明の目的及びその構成上の特徴についての記載があり、次いで、本願発明に係る帯状マツトの態様について、「本発明の帯状マツトは均一な組織をもつことができ、換言すれば、帯状マツトの密度はその長さ、幅及び高さ方向に均一であり、しかもフイラメントが形成するループ(糸輪)はマツトの断面全体にわたつて、すなわちマツトの両表面に向つて実質的に同じ状態で配置されている。」(第一頁第一六行ないし第二頁第一行)、「本発明のマツトは所望の密度と厚さに製造することができる。夏スキー滑走面を覆うためのマツトの場合には、一・五~五cmの厚さをもち……の重さをもつマツトが特に有利であることが認められた。」(第二頁第二行ないし第七行)との記載が、本願発明に係る帯状マツトの製造方法について、「本発明による弾力ある帯状マツトは、重合体融液を、互いに等しい孔間隔で、少くとも三つの列にずらして配置された紡糸口金孔からフイラメント群の冷却液、有利には水に向つて押出し、その際紡糸口金底板と浴表面との距離を二~三〇cm、とくに四~二〇cmにし、その後形成された帯状マツトを連続的に冷却液に通し、次いで冷却液から取出すことにより、簡単に製造することができる。」(第四頁第一七行ないし第五頁第五行)との記載があるほか、実施例一には、「熔融ポリアミドを、その口金の孔は直径二五〇ミクロン(mμ)をもち且つ相互にずらされた五列で〇・六cmの等間隔に配置された紡糸口金を用い、その温度が約四〇℃に保持された水浴に向つて紡糸する。紡糸口金の底板と水浴表面との距離は一五cmである。……新しく紡出されたフイラメントは水浴表面上で複数のループ状になり、交叉する個所で粘着結合する。これらのフイラメントは直径〇・三mmで実質的に未延伸である。こうして形成された帯状マツトは冷却液内を徐々に沈み、その際完全固化する。水浴中を通して一〇〇cmの浴通過距離を通過した後に、マツトは水浴から取出される。」(第一〇頁第四行ないし第一七行)と具体的な製造方法が記載され、続いて、右製造方法で得られたマツトについて、「ループはランダムに分布されているけれども、ループの殆んどはマツトの通送方向に対して直角である。製造されたマツトは厚さ約三〇mmで一九〇〇g/m2の重さを有する。組織と密度はマツトの全断面にわたつて実質的に均一であり、マツトの全表面は突出するループを有する。」(第一〇頁第一七行ないし第一一頁第三行)との記載があり、また、実施例二ないし実施例一〇として、前記実施例一記載の方法の操作条件のうちの若干を変えた方法により製造したマツトについて、用いたフイラメントの直径が〇・二mmないし一mm、得られたマツトの厚さが八mmないし二二mm、その弾力性(高さの損失%)が一二・五%ないし二七・一%である旨の記載があり、更に、本願第一発明に係るマツトの用途として、スキーゲレンデ用マツト(第四頁第一三行ないし第一六行及び第八頁第一四行ないし第二〇行)、衝撃吸収材(第八頁第七行ないし第一〇行)、床敷物用の滑り止め下敷(同第八頁第一一行ないし第一三行)に使用できる旨の記載があることが認められ、右各記載によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、合成重合体融液を紡糸口金孔から水中に向かつて押し出すという方法により製造された、(1)溶融紡糸された合成重合体の十分に未延伸の多数のフイラメントからなること、(2)該フイラメントの直径は、〇・一mmないし一・五mmであること、(3)該フイラメントは、ループ状で交叉し、互いに立ち上がつた状態で交叉個所で粘着していること、(4)八mmないし五〇mmの厚さを有すること、(5)帯状であること、という構成からなるマツトが記載されていることが認められる。しかしながら、前掲甲第二号証の二によれば、本願明細書の特許請求の範囲1(前記本願第一発明の要旨と同じ。)の文言中には、フイラメントによるループの形成及び交叉個所での粘着について、これらを「水浴中」で行うとの限定的な記載も、また、ループの形態について、ループが立ち上がつたもの又は寝たものに限るとの限定的記載も、更には、マツトの厚さについて限定を加えた記載もなく、これらの点に特許請求の範囲1の「……を特徴とする弾力のある帯状マツト」との表現態様を総合考察すれば、本願明細書の特許請求の範囲1にいう「弾力のある帯状マツト」なる文言中の「弾力のある」とは、帯状マツトが、(1)溶融紡糸された合成重合体の十分に未延伸の多数のフイラメントからなること、(2)該フイラメントの直径は、〇・一mmないし一・五mmであること、(3)該フイラメントは、ループ状で交叉し、交叉個所で互いに粘着していること、という構成を採用したことによつて得られるマツトの特性を表示したものと解するを相当とし、前認定の本願明細書の発明の詳細な項に存する、本願発明に係る帯状マツトの製造方法についての記載及び実施例一ないし実施例一〇の記載中に示されている、フイラメントによるループの形成及び交叉個所での粘着を「水浴中」で行うという技術的事項についての記載、ループの形態に関する「ループはランダムに分布されているけれども、ループの殆んどはマツトの通送方向に対して直角である。……マツトの全表面は突出するループを有する。」旨の記載、「本発明のマツトは所望の密度と厚さに製造することができる。夏スキー滑走面を覆うためのマツトの場合には、一・五~五cmの厚さをもち……の重さをもつマツトが特に有利であることが認められた。」との記載及び実施例一ないし実施例一〇に示されたマツトの厚さについての記載は、いずれも特許請求の範囲1に記載された本願第一発明に係る帯状マツトの実施例を記載したにすぎないものというべきである。原告は、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載を根拠に、本願第一発明に係る帯状マツトは、フイラメントの直径が〇・一mmないし一・五mmと太いこと、該フイラメントは、「水浴中」でループ状に交叉し、交叉個所で互いに粘着することから、ループのほとんどが立ち上がつた状態になつていて、しかも、八mmないし五〇mmの厚さを有するものであり、そうした帯状マツトを「弾力のある帯状マツト」と規定したものである旨主張するが、本願明細書の特許請求の範囲1にいう「弾力のある帯状マツト」の構成及びその意味するところは前説示のとおりであつて、原告主張のように解する余地はなく、到底採用することができない。なおまた、原告は、「交叉個所での粘着が、空気中で行われるか、水浴中で行われるかという点については、特許請求の範囲1の記載自体に特記されているわけではないので、発明の詳細な説明及び添附図面を参酌してその意味を特定する必要がある。そして、本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載及び添附図面をみると、特許請求の範囲1にいう交叉個所での粘着とは、水浴中で行われる場合に限定され、水浴中以外で行う交叉個所の粘着ということを全く予想していないことが明らかに看取される。」旨主張するが、特許請求の範囲1の「……多数のフイラメントが交叉個所で互いに粘着している」という文言自体には少しも不明確なところがなく、その前後の記載関係からみても「水浴中」で行うとか、「大気中」で行うとかの限定のないことは前示のとおり明らかであり、かつ、その意味内容を把握理解するのに困難があるということもないのであるから、原告主張のように解しなければならない理由はなく、原告の右主張は採用するに由ない。
2 一方、成立に争いのない甲第八号証(引用例)によれば、引用例は、昭和三九年六月二九日特許庁資料館受入(この点は原告の明らかに争わないところである。)に係る名称を「熱可塑性糸から網状物を作る方法」とする発明のフランス共和国特許第一、三四七、一七八号明細書であつて、その特許請求の範囲の項の1及び発明の詳細な説明の項並びに添附の図面には、ナイロンなどのポリアミド系合成高分子の溶融物を、少なくとも一つの口金を用いて、吐出孔から吐出し、まだ溶融状態にあるフイラメント(その太さについての記載はない。)を、適当な一時的支持体の上に、フイラメントが多くの点で交叉するように広げて冷却し、フイラメントを交叉点で接合させる網状物の製造方法及び溶融状態にあるフイラメントを支持体の上に広げる具体例として、一方向に進行する支持体の上方に、支持体の幅全体にわたり支持体の進行方向を横断する少なくとも一線に配置された複数の吐出孔を持つ紡糸装置を設け、この紡糸装置を少なくとも隣接する二つの吐出孔から吐出されるフイラメントが互いに交叉するように円環状に往復運動させながら、紡糸装置よりフイラメントを支持体上に吐出させる方法が記載されていることが認められ、右フイラメントが未延伸であること及び網状物が帯状をなしていることは、右記載内容から明らかで、また、該フイラメントの直径が〇・一mmより相当細いことは、原告の目認するところである。叙上認定したところによると、引用例には、(1)溶融紡糸された合成重合体からなる十分に未延伸の多数のフイラメントからなること、(2)該フイラメントの直径は〇・一mmより相当細いこと、(3)該フイラメントは、ループ状に交叉し、交叉個所で互いに粘着していること、という構成からなる引用例の網状物が記載されており、右の網状物は、それを構成するフイラメントがナイロンなどの合成重合体で、それ自体が弾性を有し、そのフイラメントがループを形成し、このループは寝た状態でずれて重なり合つているのであるから、その素材及び形態(構造)に徴し、弾力性を有していることは明らかであり、一種の帯状マツトであると認めるのが相当である。
3 そこで、本願第一発明と引用例の網状物との構成を対比するに、引用例の網状物と本願第一発明に係るマツトは、共に、帯状のマツトであつて、合成重合体の未延伸の多数のフイラメントからなり、該フイラメントは、ループ状で交叉し、交叉個所で互いに接着されているという点で構成を同じくするが、本件審決認定のとおりフイラメントの太さの点において相違することは明らかである(本願第一発明と引用例の網状物とが叙上の点において相違することは、原告の自認するところである。)。ところで、フイラメントの太さが網状物の弾力性に影響を与えることは容易に理解し得るところであるから、引用例の網状物においても、その用途などを考慮して、フイラメントの太さを〇・一mmないし一・五mmとすることは必要に応じて適宜なし得ることと認めるを相当とし、したがつて、本願第一発明が〇・一mmないし一・五mmという太さのフイラメントを用いたことに格別の進歩性があるものとは到底認めることができない。
叙上認定説示したところによると、本願第一発明は、引用例記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとみるのを相当とするから、本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 溶融紡糸された合成重合体からなる、直径〇・一~一・五mmのループ状で交叉する十分に未延伸の多数のフイラメントが交叉個所で互いに粘着していることを特徴とする弾力のある帯状マツト。(以下「本願第一発明」という。)
2 重合体融液を、互いに等しい孔間隔で、少なくとも三つの列に互いにずらして配置された紡糸口金孔から、フイラメント群の形で冷却液上へ押出し、その際口金底板と浴表面との間の距離は二~三〇cmであるようにし、その後形成せる帯状マツトを連続的に冷却液に通し、引続き該冷却液から引出すことを特徴とする弾力ある帯状マツトの製造方法。(以下「本願第二発明」という。)